40万の趙兵は本当に生き埋めにされたのか? 白起の「坑殺」を揺るがせた1995年の発見

中国史上最大級の虐殺として知られる、長平の戦い。
『史記』には、秦の名将・白起が降伏した趙兵40万人余りを「坑」、つまり生き埋めにしたと記されています。
この凄惨な逸話は二千年以上にわたり、白起を「人屠」と恐れられる存在にしてきました。
しかし、1995年に山西省高平市で行われた発掘調査によって、この通説に新たな疑問が投げかけられます。
出土した人骨には斬撃や打撃の痕が数多く残されており、兵士たちは生き埋めにされたのではなく、殺害された後に埋葬された可能性が浮上したのです。
さらに、『史記』が伝える「40万人」という数字についても、当時の趙の人口規模や動員能力から見て、誇張ではないかとする研究が存在します。
今回は、長平の戦いの経緯を振り返りながら、1995年の発掘成果と最新の研究をもとに、「40万の趙兵生き埋め説」の真相と、白起の「坑殺」の実態に迫ります。
草の実堂
https://kusanomido.com/study/history/chinese/syunjyu/126149/










