FREE
卑弥呼はただの巫女ではない? 魏と呉を翻弄した邪馬台国の外交戦略
概要
「鬼道を使う巫女」として語られることの多い卑弥呼。
しかし近年では、彼女を優れた外交指導者として再評価する見方が強まっています。
卑弥呼が生きた3世紀前半は、中国で魏・呉・蜀が覇権を争う三国時代の真っただ中でした。
遼東半島をめぐる魏と呉の対立は、海を隔てた倭国にも大きな影響を与えていたと考えられています。
当時の邪馬台国は、狗奴国との争いを抱え、決して安泰な立場ではありませんでした。
そんな中、卑弥呼は大国・魏との関係を築きながら、魏と呉の対立構造を巧みに利用し、邪馬台国の存在価値を高めていった可能性があります。
なぜ魏は、遠く離れた倭の女王に「親魏倭王」という破格の称号を与えたのでしょうか。
そして卑弥呼は、どのような国際感覚と外交戦略を持っていたのでしょうか。
今回は、三国時代の東アジア情勢を手がかりに、「神秘の巫女」という従来のイメージを超えた、外交家としての卑弥呼の実像に迫ります。
草の実堂
https://kusanomido.com/study/history/japan/yayoi/125109/


コメント
0件まだコメントはありません。最初のコメントをお待ちしています。
コメントの投稿は無料会員以上で利用できます。