FREE
台湾を蝕んでいた『アヘン問題』日本はどのようにして根絶に成功したのか?
概要
日本が台湾を植民地化した当時、台湾ではアヘン中毒が深刻な社会問題となっていました。
住民の間ではアヘン吸引が広く浸透しており、「アヘンを禁止するなら武力で抵抗する」という反発まで起きていたほどです。
こうした状況の中、日本政府はアヘンを即座に禁止するのではなく、時間をかけて減らしていく「漸禁(ぜんきん)政策」を採用しました。
この政策を主導したのが、後に満鉄総裁なども務める後藤新平です。
総督府による専売制を導入し、購入を常習者だけに限定。
さらに価格を高額に設定することで、新たな中毒者を増やさない仕組みを作りました。
その結果、台湾のアヘン常習者は数十年かけて大幅に減少し、日本のアヘン対策は一定の成功を収めます。
しかし一方で、専売制度は莫大な利益を生み、日本統治の重要な財源にもなっていました。
アヘン根絶の裏にあった、日本統治の現実と後藤新平の政策を読み解きます。
草の実堂
https://kusanomido.com/study/history/japan/bakumatu/117593/

