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【古代中国 勘違いした将軍】趙括 40万人を失った戦国最大の悲劇
概要
中国戦国時代、名将の子として生まれた趙括は、豊富な兵法知識を持ちながらも実戦経験に乏しく、自らを過信していた人物でした。
父・趙奢はその危うさを見抜いていましたが、趙王はその忠告を退け、彼を大軍の総大将に任命してしまいます。
舞台となった長平の戦いでは、もともと名将・廉頗が慎重な持久戦で優位を保っていました。
しかし趙括はその戦略を否定し、正面からの攻勢に転じます。
この判断が、秦の名将・白起の策略にはまる結果を招きました。
趙軍は巧みに誘い込まれて補給線を断たれ、長期間にわたり孤立。
飢餓と混乱の中で士気は崩壊し、ついには総崩れとなります。
趙括自身も戦死し、指揮系統を失った趙軍は降伏に追い込まれました。
この出来事は後に「紙上談兵」という言葉を生み、理論だけに頼る危うさを象徴する歴史的教訓として語り継がれることになりました。
草の実堂
https://kusanomido.com/study/history/chinese/syunjyu/101789/

