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【有名なのに実は謎だらけ】明智光秀の出自と知られざる若き日
概要
本能寺の変で織田信長を討った明智光秀は、日本史でも屈指の有名人物でありながら、その出自や若き日の経歴には多くの謎が残されています。
生年や父の名すら定かではなく、美濃の名門・土岐氏の一族とされるものの、その血筋も確証はありません。
若き日の光秀は、越前で足利義昭に仕える幕臣として活動し、その後、義昭の上洛を支援した織田信長とも関わりを持つようになります。
やがて信長と義昭が手を結ぶと、光秀は幕臣でありながら織田家の家臣としても働く、ふたりの主君を持つ複雑な立場に置かれました。
行政や外交の実務にも関わりながら頭角を現した光秀は、次第に信長からも重用されていきます。
しかし、信長と義昭の関係が悪化すると、その板挟みの中で立場を選ぶことを迫られ、最終的には義昭を見限り、信長の側に立つ道を選びました。
こうして室町幕府が滅亡し、光秀は完全に織田家の家臣として歩み始めます。
本能寺の変へと至るその前段階には、出自の不確かさと、主君の間で揺れ動いた複雑な経歴があったのです。
草の実堂
https://kusanomido.com/study/history/japan/azuchi/toyotomi/120517/

