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「安土桃山時代」は実は後世の呼び名だった? 学界で広がる「織豊時代」とは
概要
日本史の時代区分として広く知られる「安土桃山時代」。
しかし近年、歴史学界では「織豊時代」という呼び方が広まりつつあります。
これは、織田信長の「織」と豊臣秀吉の「豊」を組み合わせた名称で、戦国終盤の実態をより正確に表す言葉として注目されているのです。
特に問題視されているのが、「桃山」という地名でした。
実はこの名前は、秀吉の死後になってから使われるようになったもので、当時は存在していませんでした。
さらに秀吉の本拠地は伏見城だけではなく、大坂城や聚楽第などたびたび移り変わっており、「桃山」という一地点だけで時代を象徴することへの疑問も出ています。
そのため近年では、「織豊時代」や「安土大坂時代」といった呼称も提案されるようになりました。
私たちが当たり前に使っている歴史用語も、実は後世につくられたものだったのです。
時代の名前から見えてくる、日本史の意外な裏側に迫ります。
草の実堂
https://kusanomido.com/study/history/japan/azuchi/121425/


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